法律上の損害賠償責任

法律上の損害賠償責任
1.「法律上の損害賠償責任」の発生事由
損害賠償責任が生じるのは、主に不法行為と債務不履行の場合である。
これらは次のとおり整理して考えることができる。


(注)当事者の一方が、相手方に対して、ある事柄に関して被るかもしれない損害を賠償することを約する契約。
これにもとづく賠償責任(この契約がなければ負担しなかったであろう賠償責任)は、賠償責任保険普通保険約款の免責規定(いわゆる契約加重責任の免責)により賠償責任保険では担保されない。

不法行為責任
(1) 一般の不法行為責任

 民法第709条は、故意または過失によって他人の権利を侵害した者は、それによって生じた損害を賠償しなければならないと定めている(いわゆる「過失責任の原則」)。

民法第709条
故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス

 この規定は、どのような行為であれ故意または過失によって他人に損害を与えれば適用されるようになっており、その意味で、加害行為の種類、態様を問わずに適用される一般的、包括的な規定であるといえる。
 この第709条の不法行為責任のことを、通常「一般の不法行為責任」と呼んでいる。

(2) 特殊な不法行為責任

 民法では、第714条から第719条までにおいて前記(1)の不法行為の特殊な類型として、監督義務者の責任(第714条)、使用者責任(第715条)、注文者の責任(第716条)、土地工作物責任(第717条)、動物占有者の責任(第718条)、共同不法行為責任(第719条)をとりあげ、特別の定めをしている。

 これらは、それぞれの規定が適用される要件(加害行為の態様)が限定されているかわりに、一般の不法行為の成立要件(後記(3)参照)、とくに過失責任主義が緩和されている(加害者の責任の厳格化がはかられている)ところに特徴がある。
 これらの不法行為責任のことを、一般に「特殊な不法行為責任」と呼んでいる。

(3) 一般の不法行為責任の成立要件

 民法第709条の不法行為責任が生じるためには、次のような要件がみたされていなければならない。
①加害者に故意または過失があること
②他人の権利を侵害したこと
③加害者に責任能力があること
④加害行為により他人に損害が発生していること

 これらは、法律上の損害賠償責任を考える上での基本となる部分であり、参考までに補足する。
①加害者に故意または過失があること
日常用語で表現すれば「わざと」が故意で「うっかり」が過失ということになる。しかし、これでは現実に発生する複雑な不法行為をさばききれない。そこで、何が故意で何が過失かをある程度定義づけることが必要となる。
一般的には次のように考えられている。

「故意」…「一定の結果が発生するであろうことを知りながらあえてある行為をすること」
必ずしも一定の結果を発生させようという明確な意図(意欲)がなくても、結果発生の認識と容認があれば故意ということになる。

「過失」…「一定の結果の発生を知るべきでありながら、不注意のためそれを知りえないである行為をすること」

一般に、過失かどうかを認定する基準は、通常一般人としての注意を尽くしたかどうか(注意義務違反がなかったかどうか)におかれている。

なお、この注意の程度は、行為者の職業その他具体的状況により異なってくる。
なお、過失は軽過失(注意義務を少しでも欠いた場合)と重過失(著しく注意義務を欠いた場合)に区分されることがある。

特別法によっては重過失しか責任を負わず、軽過失については免責される場合がある。例えば失火についての責任がこれにあたる(「失火ノ責任ニ関スル法律」により重過失の場合のみ責任を負う。後記6.失火の責任に関する法律参照)。

②他人の権利を侵害したこと(または違法性が認められること)
709条は「権利侵害」といっているが、学説上の一般的な考え方では、「権利侵害」を違法性に読みかえて、故意または過失によって他人の利益を違法に侵害すれば賠償責任が生じるとされている。
すなわち、財産権、人格権のほか法律上保護に値するすべての利益に対する違法な侵害が含まれると考えられる。

財産権

物権的なもの
・所有権
・占有権
・用益物権(地上権、地役権など)
・担保物権(抵当権、質権など)
・特殊な物権(鉱業権、漁業権など)
・無体財産権(著作権、特許権など)
債権的なもの
・債権
・営業権

人格権

身体に関するもの
・生命(侵害)、身体(障害)
・身体的自由
・生活(妨害)
精神に関するもの
・名誉
・プライバシー
・肖像権

③加害者に責任能力があること

自己の行為が不法な行為として、法律上の責任が生じることを弁識できるだけの知的能力(責任能力)を有さない未成年者や心神喪失者については、責任能力がないものとして、損害賠償責任を免除している。
ただし、被害者に保護を与えるために、これらの者の監督者に対し監督責任が課せられている。

(注)責任能力は、その人によってまた行為の種類によって、それぞれのケースごとに決定される。人によって知能の発育程度が異なり、同一人によっても、物を盗んだり壊したりする行為については責任能力があるが、信用や名誉を傷つける行為については責任能力がないこともありうるからである。刑法(第41条)では14歳未満を刑事責任無能力としているが、民法ではそのような方法がとられておらず、一概に年齢によって決めることはできない。しかし、責任能力は概ね10歳から12歳くらいまでに備わるものと考えられている。

④加害行為により他人に損害が発生していること
この要件は、損害が発生していること、加害者とされる人の行為とその損害の発生との間に因果関係があること、の2つに分けて考えることができる。

(a) 損害の発生

いくら加害行為がなされても被害者に損害が発生していなければ損害賠償責任は生じない。そこで何が損害かが問題となる。一般に、経済的な損失(これを財産的損害と呼ぶ。これはさらに物的損害と人身損害に分けることができる。)のほか財産的な性格は持たなくても精神に加えられた打撃も損害と考えられている。これを精神的損害といい、それに対する賠償を慰謝料という。

(b) 因果関係

不法行為の成立要件としての因果関係は、賠償責任を負う加害者を定めるための要件と考えることができる。かつては、損害を与えたのが誰かは一目瞭然であって因果関係の有無が訴訟上争われるということはあまりなかったが、近代産業社会が高度化した段階ではいろいろな新しい型の不法行為事件(公害、薬害、医療事故等)が発生し、そのなかでしばしば因果関係の有無が争いになっている。これらの新しい型の不法行為事件の場合には因果関係の証明が極めて困難であり、被害者の救済という観点から「因果関係の立証責任の緩和」が認められるケースも多くなってきている。

債務不履行責任

(1) 概要
 「法律上の損害賠償責任」は、民法上、不法行為のほか契約債務の不履行によっても生じる。例えば、借家人が過失で借家を焼いた場合は、家主の家屋所有権の侵害として不法行為責任を負うのと同時に、借家人は家主に対し契約により家屋を保管し、返還する義務を負っているので、その不履行として契約責任も負うことになる(請求権の競合については後記4.不法行為責任と債務不履行責任参照)。

民法第415条
債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ

(2) 債務不履行の態様

債務不履行には次の3つの態様があるが、賠償責任保険で主として問題になるのは、いわゆる「不完全履行による積極的債権侵害」である。 

履行遅滞 … 履行期に履行が可能であるのに履行しないことをいう
履行不能 … 債務者に帰すべき事由により履行ができなくなることをいう。
不完全履行 … 債務の履行がなされながら、それが不完全・不適当な履行である場合をいう。

 

不法行為責任と債務不履行責任

(1) 請求権の競合

 民事責任は「不法行為責任」と「債務不履行責任」に分かれる。
前者は特別の契約関係にない者の間で一般的に要求される責任であり、後者は契約を結んだ当事者間の責任である。
一つの違法行為がどちらか一方の責任しか満たさない場合(例:タクシーの運転手が通行人をはねた)もあれば、両方の責任を満たす場合(例:タクシーの運転手の過失により乗客が死傷した)もある。
この両方の責任を満たす場合に、請求権が競合することとなる。
この場合、被害者は加害者に対し、債務不履行責任を追及することも不法行為責任を追及することもできるとされている。

(例)①欠陥商品事故(売買契約にもとづく債務不履行責任と不法行為責任)

②医療過誤  (委任契約にもとづく債務不履行責任と不法行為責任)

③借家人の失火(賃貸借契約にもとづく債務不履行責任と不法行為責任)

④労災事故  (雇用契約にもとづく債務不履行責任と不法行為責任)

 

(2) 不法行為責任と債務不履行責任との相違点

今日では一般的に、不法行為責任と債務不履行責任とでは、その要件・効果について実質的に大きな違いはないといわれている。

①挙証責任

不法行為も債務不履行も過失責任主義の上に立っているが(注)、不法行為の場合は被害者が過失の挙証責任を負うのが原則(民法第709条)であるのに対し、債務不履行の場合は、加害者の方に、過失がなかったことの挙証責任を課している(民法第415条)。

(注)不法行為では、原則として行為者の「故意または過失」が必要とされ、債務不履行では「責に帰すべき事由」が必要とされているが、この両者の内容は同一であると考えられている。

②損害賠償の範囲

不法行為の場合も債務不履行の場合も、民法第416条が適用され、相当因果関係のある損害が対象となるとされており、この点における両者の差はない。

③過失相殺

被害者に過失のある場合、債務不履行責任では、賠償額を必ず減額しなければならないが(民法第418条)、不法行為責任では減額せずにおくこともできる(民法第722条2項)。

④消滅時効

不法行為では損害および加害者を知った時から3年、行為の時から20年である(民法第724条)。債務不履行では原則として損害が発生してから10年(民法第167条1項)であるが、例えば商行為から生じた債権は原則として5年(商法第522条)である等、これより短い時効期間が定められている場合もある。

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